“La Palma”製本担当 岩瀬学(図書印刷)インタビュー
– どんなアイディアも形にする、装丁のマエストロ –

「岩瀬さんならなんとかしてくれる」
「困ったら岩瀬さんに」
特殊な装丁のアイデアを形にするプロフェッショナルとして、業界でも独自の存在感を放つ、岩瀬学 。
祖父江慎、 町口覚など傑出した装丁家の、数々のエキセントリックな製本を手がけてきたことでも知られている。
『La Palma』の「飾れる本」というアイデアも、彼がいなければ実現できなかっただろう。
どうして現在のようなポジションにたどり着いたのか。
オークラ出版の編集者として共に3冊の書籍をつくってきた長嶋瑞木による、貴重なインタビュー。

[聞き手:長嶋 瑞木 / 写真:近藤哲平]

スナフキンみたいな存在

ー 岩瀬さんは、なんという肩書きになるんでしょうか?

岩瀬:いまは「製本コンシェルジュ」って名乗ってます。製本に関することなら何でもやりますよ、と。

ー 製本に関する相談役っていうことですか?

岩瀬:スナフキンみたいなね。ちょっと離れたところにいて、誰かが相談に来ると「こうすりゃいいんじゃない?」って言う。

ー おもしろいポジションですね。他にもそういう立場の人はいるんですか?

岩瀬:いや、いません。僕の前にもいませんでした。当時、製本に詳しい人間を東京に置いてクライアントへのフィードバックを速くしたかったらしく、僕が本社に呼ばれたんです。
それまでは、沼津工場で設備の仕事をしてたんです。製本機など機械の修理をしてました。溶接したり切ったり、楽しかったですね。

ー じゃあ、製本に1番詳しい人っていうことで選ばれて。

岩瀬:私より、たとえば工場長の方が詳しかったですけどね。やっぱり選ばれたのは嬉しかったですよ。
2~3年で沼津に戻されるかと思ってたんですが、こうして6~7年もやらせてもらえてるってことは、それなりの価値を認めてくれてんでしょうね。

ー 岩瀬さんがいるから図書さん(※図書印刷。岩瀬の勤務する会社。)に頼むっていうことがあるから、印刷会社としてのブランド力を上げてる気がする。出版社もそうですけど、会社の色や特色、ブランディングがないと生き残れる時代ではないと思っていて。私の中では図書さんは岩瀬さんだなと思ってるんですよ。

岩瀬:そう言っていただけるとありがたいです。

見たこともない機械を直す

岩瀬:会社に入ったのはバブル時代で、大学にはものすごい量の求人が来てました。一人につき100社ぐらい。会社見学に行くと食事付きでしたよ。人数足りないからって呼ばれて、飯だけ食いに行くこともありました。

ー 本を作りたかったんですか?

岩瀬:もともと映像がやりたかったんですよ。会社案内に「映像制作」って書いてあったんです。でも入ってみたら工場勤務になって、それまで見たこともなかった機械を直したりしてました。ただ、こっちも大して考えてませんでしたけどね。サラリーマンとは違う、普通じゃない仕事がしたいなと思ってたんですよ。だから、ゲーム会社も受けましたし。ゲームなんて作ったことないのに(笑)。もちろん受かりませんでしたけどね。
それと、東京に住んでみたかったんです。生まれが名古屋で大学は静岡だったんで、一度は東京に住んでみたいと思ってこの会社を受けたんですよ。でも受かってみたら静岡勤務だったという(笑)。
結果として良かったですけどね。やっぱり現場での経験が、いまに活かされてますから。製本屋のおやじと話が合いますよ。あの機械のあそこのギア壊れやすかったよね、 なんて言って。

ー そこまでわかる人は確かにいないでしょうね。印刷会社って、現場の人や職人さんとどれだけ話ができるかが重要だと思うんです。職人さんが岩瀬さんに気を許して対等に話ができるのは、そういう理由だったんですね。

岩瀬:詳しいのは僕だけではないんですが、得意先に近いところまで出てくる人は、あんまりいないですね。

ー たしかに、現場の近くにいる岩瀬さんみたいな人に直接相談ができるのって、私が知っている限りでは図書さんだけですね。凝った製本になってくると、営業さんだけが窓口だと、話がなかなかスムーズに進まなかったり、「できない」理由を教えてもらえなかったりしますもんね。

岩瀬:ウチも基本的には、出版社とやり取りするのは営業担当です。ただ、やっぱりワンクッション置くと伝わらない場合もあるので、営業担当に呼ばれればいつでも行きます。

サッカーゲームでハードボイルド

ー 映像がやりたかったということですが、映画が好きだったんですか?

岩瀬:学生時代には、映画を作っていました。静岡大学の映画研究部は、僕らの代が作ったんですよ。

ー えー!見たい!タイトルは?

岩瀬:いやいや。『オーレ』ってやつですけど。

ー どんな話なんですか?

岩瀬:ハードボイルドです。 酒場で勝負する話。酒場での勝負って、だいたいカードじゃないですか。でもカードだと本格的すぎると思って、サッカーゲームで勝負するっていう。

ー え!サッカーゲームでハードボイルド?

岩瀬:まあ、ふざけたやつですよ。勘違いしたハードボイルド(笑)。でも、思っていたクオリティにはならなくて、喜びと悲しみが半々でした。

ー 他にも撮ったんですか?

岩瀬:その前にもう1本撮りました。学園で起きた事件を部員たちが解決する、っていう、よくある話ですよ。みんな死んでくのが見せ場です。

ー え?

岩瀬:10分ぐらいの映画で、登場人物を紹介した後すぐに、みんな死ぬんですよ。

ー え!10分でみんな死んじゃうんですか?

岩瀬:死にます。

ー どんな映画ですか!(笑)

岩瀬:学園で怪事件があってみんな死んでく、っていう。 それで、死んでいくシチュエーションは自分で考える。自分の見せ場なんだから、もう死にたいように死ね、と(笑)。

ー 斬新(笑)。じゃあ、好きな映画はどんなのでした?

岩瀬:侍映画と西部劇が好きでした。80年代ですから、すでに西部劇は斜陽で過去のものだったんですが、映画をいろいろ教えてくれた人が(クリント・)イーストウッドのファンだったんです。あとは三船敏郎。だから映画は古いものしか知りません。

ー 本はどうでしたか?

岩瀬:本も好きでしたが、読むものは限られてました。SFか、映画に関する本か。

ー 映画の解説とか?

岩瀬:そういうのも好きでしたよ。専門的なものは読まなかったですけど。キネマ旬報より映画秘宝。くだらないものが好きでしたね。高尚な映画は苦手で。タルコフスキーも見たけど、寝たし(笑)。
でも、たいして見てませんよ。いちばん見たときだって年間100本超えてないですから。見てる人は300本、400本て見てるし、しかもそれが楽しい、っていう。まあ、そういうところで、映画は違うなと思ったんですね。

印象深い仕事

ー いままで手がけた装丁で、印象深いものを持って来てもらったわけですが。

岩瀬:では、まずはこれ。

『Daido Moriyama: Dazai』(ブックデザイン:町口覚)

ー 出た!これはやばいですね。

岩瀬:太宰(治)の文章と森山大道の写真を組み合わせた本です。 紙の上から特殊なフィルムを貼ってます。透明なフィルムの上に、繊維が植わってるんです。


ー 紙の断面がふわふわ。これは、どういう依頼だったんですか?

岩瀬:最初は、全ページそれぞれ形を変えたいって言われたんですよ。ページごとにぜんぶ変えたいって。でも金がかかりすぎるんで、なんでそうしたいのか理由を聞いたんです。そしたら、断面に表情が欲しいって言うので、こういう方法を提案したんです

ー これは前にもやったことがあるんですか?

岩瀬:ないです。並製本の背中を切る「ミーリング」をした本というのはあったんですけど、これは「ファイバーラッファー」っていう、細かい歯が入る加工です。それを使って試しに束見本(※サンプル版)を作ってみたら、気に入ったらしくて。パリに持っていったら大受けだったそうです。

ー 岩瀬さんが思いついた提案がデザイナーさんに通って、パリに渡って認められたって、すごいですよね。やっぱり、理由を聞いて「じゃあこんなのは?」っていう返しができるのが岩瀬さんの魅力ですね。

岩瀬:もちろん、全てに対応できるわけではないけど、出版社や作り手のやりたいことを聞いて、持ち帰って、知ってる加工を思い出したり、機械のことを思い出したりして考えます。「こうしたらどうなるのかなー」って試行錯誤して、束見本をつくりながら。失敗することも多いですけど(笑)。

ー この本、箔もがっつり押されててかっこいいですね。

岩瀬:これはカラ押し(素材に熱と圧を加え、くぼみだけで表現する技法)なんです。繊維が邪魔して色が乗らなかったんですよ。カラ押しも、限界まで深く押してる。町口さんは立ち会いにいらっしゃって、部分ごとに別々に押せって言われて。面積が狭い方が深く押せますから。それを現場に伝えたら、えー!って言われて。「 別でやんの?」「 ちょっと強く押したいんだよ」「 一気に押させてもらえませんかね」「いやーそこをなんとか」って。

DICカラーデザイン㈱ 創業110周年記念いろどりノート

岩瀬:これはモレスキンみたいな上製本で、クロス(布)ですね。オフセット印刷できるクロスがあるんですよ。普通、クロスには箔押しかシルク印刷しかしないんです。これも印刷屋泣かせなんですが。

『Présage』石橋英之

岩瀬:これは、ベルベットPPっていう風合いのいいフィルムなんですよ 。

ー べルベットPPの上に箔を押してるんですか

岩瀬:そうです。これだけの面積の箔を押すっていうのも、まあ怖いんですけど。

ー 質感がいいですねー。写真集ですか?

岩瀬:開く写真集なんですよ

ー おー!

岩瀬:見開きで見るとノドがあるじゃないですか。それが嫌だったらしいんです。 全体の1/3がこの仕様になっています。

オークラ出版と

岩瀬:長嶋さんとも、いろいろやりましたね。『みんなの映画100選』のときが最初で。このページ数と紙の厚さでコデックスやるのは、うちでもやったことない仕様だったので、何回も束見本を出して耐久性を見てみて。あと、表4(背表紙)の文字を、ぜんぶ箔押ししたんですよね。

岩瀬:これは、知ってる人に見せると、おー!って言いますね。書店に並ぶと、やっぱり風合いがいいですよ。全面に箔ってのは費用もかかるので、なかなかないですしね。豪華な1冊になったと思います。あのときも長嶋さんから、箔をなるべく強めに押してくださいって言われたなあ。

ー これは大変でしたね(笑)。岩瀬さんが嫌がりそうなお願いもけっこうあった気がします。でも、快く向き合っていただいた覚えがありますね。もちろん、本としての中身がおもしろい自信もありますが、デザイナーと岩瀬さんのおかげもあって、あの本ができたと思います。

岩瀬:今回の(“La Palma”の)場合は、最初から「立たせたい」ってことでしたね。シンプルな構造で立つようにしたい、と。それで、制作メンバーというか、著者の方々ですよね、みんなで話し合って、意見をいただいて。作り手の人たちの意見を直接聞けたので、持ち帰っていろいろ考えることができました。
ハードカバーを二重にするっていう製本を新しく考えたんですが、足になる外側のカバー部分を固定できなかったので、最初は乗り気じゃなかったんですよね。

ー 束見本を作っていただいたんだけど、そのとき岩瀬さん、すごい曇った表情でしたよね(笑)。固定できないから難しいかもって言いながら、不安げに束見本を出してくれて。そこからまた、デザイナーをはじめとするof Tropiqueの方々とみんなで相談して。ああでもないこうでもないって言いながら、穴あけたら固定できるんじゃない?ってカッターでその場で穴を開けてみたりして。他にも挟む、折る、とかいろんなアイディアが出ました。

岩瀬:表紙が二重っていうのは僕も聞いたことがないですよ。いい感じで終わって良かったです。こうやって、やりとりを重ねながら、自分が出した案にさらに案を付け加えてもらって製本が生まれるのは、すごく楽しいですね。

ー 今回、新しくイチから作ってもらったわけじゃないですか。そういうのって年に何回くらいあるんですか?

岩瀬:そんなにないですよ。やっぱり、普通よりちょっと凝ってる、っていうものが多いですね。イチから考えるのは、年に1〜2回だと思います。

岩瀬:過去に例がないものを作ると、納品まで問題なくいけるかという不安が常にあります。途中までうまくいっていても、わずかな条件の差で不良品に変わってしまうことがあるんですよ。危ない点が100個あったとして、100個ぜんぶを相手に伝えられるか。そうやってがんばって形になると、やっぱり誇らしいし、さらに相手が喜んでくれたら一番ですね。
今回は、提案したものが形になったので、嬉しかったですよ。ほぼゼロからでしたからね。やっぱりこういう本が売れてくれると、喜びもひとしおです。人に見せたりもしますし、知り合いが持ってたりすると、語っちゃいます。「実はこれはさー・・・」みたいな話を長々と(笑)。

ー いやー無事に出来て良かったです。これで岩瀬さんとは3作目ですね。

岩瀬:いいもの続けてつくれてるんで、こっちも楽しいですよ。今後もおもしろいものをやっていけたらいいですね。1年でできたんで、次の1年でもう一冊できますよ!(笑)

岩瀬 学

図書印刷株式会社、製本コンシェルジュ/シニアマネージャー。1989年図書印刷入社以来、製本技術に携わる。2010年より製本に関するご相談や要望に応えるコンシェルジュ活動を展開中。

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