「エキゾチック」という言葉で浮かぶのは、熱帯や南国の景色だ。ジャングルの密林、浜辺のヤシの木、爬虫類やカラフルな鳥たち。でも、もし南国に移住したとしたら?それらの景色に見慣れたあとでも、はたしてエキゾチックと感じるだろうか?あるいは、南国生まれにとってのエキゾチックとは?実はきっと、エキゾチック=南国じゃない。それは、未知のものへの驚き、恐れ、羨望なんじゃないだろうか。
シンムラテツヤは、ラテンでもトロピカルでもない。ロックだ。ロックだけれど、その外側にある未知のなにかを、いつも手探りしている。それを「エキゾチック」と呼んでもいいはずだ。
金曜の夜、東高円寺のCafe Schwarze Katze。天井まで奇妙なモノで埋め尽くされた様は、これもまたエキゾチック。ベルギービールを片手に音楽の話題は弾み、さまざまなミュージシャンの名前が飛び交うインタビューとなった。
[取材&写真:近藤哲平]
ポールとジョナサンが好き
ー新作カセットの『めいろ』、めちゃくちゃいいですね!
シンムラ:ホントですか?誰もいいって言ってくれないんですよ。
ーいや、これ最高じゃないですか!変態音楽好きにはたまらないですよ。日本より、ヨーロッパとか海外で受けるんじゃないですか?
このアルバム、ギターも入ってないし、楽器編成からしておかしいですよね。使ってる楽器は、ベースと、あとリズムを鳴らしてるのは何ですか?
シンムラ:これは、ラテンのパーカッション・マシーンです。楽器は基本的にその2つだけですね。パーカッション・マシーンを適当に鳴らして、それに合わせて適当にベースを弾いて、最後に適当に歌を重ねる、っていうやり方で作りました。
ーベースがポール(・マッカートニー)っぽいなと思う瞬間もあります。やっぱりビートルズ好きなんだろうな、って。
シンムラ:マジですか!いちばん好きなベーシストですね。
ーはいからさん(※2006年より活動する、3人編成のロック・バンド)のヘルプでベース弾いてって聞いたときは驚きました。ソロ・アルバムでもいろんな楽器をひとりで演奏してるし、最近では録音の仕事もしてるし(※CHILDISH TONESのシングル『恋のホワン・ホワン』)、音楽もいろんなの聴いてるし、いわゆるミュージシャン肌じゃないところにすごく共感します。
シンムラ:最初に会ったときも、僕はPAやってましたからね。塚本(功)さんのライブで。そのあと連絡もらって飲みに行って、ジョナサン・リッチマンの話とかしましたよね。
ーそうそう。ジョナサン好きな人ってあんまりいないから、嬉しかったですね。
シンムラ:僕のまわりにはけっこういますよ。最近は若い人にも人気あるみたいで、アルバムも再発されたりしてるんですよね。
ーへー!ちなみに、シンムラくんはどうやってジョナサンを知ったんですか?
シンムラ:たまたまYouTubeでライブ映像を見たんです。“I’m a Little Dinosaur”を、ギター持たずにずっとはいつくばって歌ってて、それがもう最高で。
ーこれヤバイですね!ホント、変な人ですよね。
シンムラくんが「ジョナサン・リッチマンを聴く会」ってイベントをやったとき、わざわざ地方から来た人がいたって言ってましたよね。まさにマニア向けのミュージシャン。シンムラくんの音楽も、好きな人には刺さるっていうマニア向けの要素がすごくありますよね。でも、ポップで聴きやすいし、いわゆる普通の人にもアピールするのが素晴らしい。
イエモンが好き
シンムラ:生まれは、石川県金沢市です。小・中のころはそんなに音楽も聴いてなくって。嘉門達夫が好きでした。
ー嘉門達夫!僕も大好きでした。でも、そこから音楽にハマるっていう感じじゃないですよね。
シンムラ:そうですね。高校入るまではずっと野球をやってて、音楽に触れる機会もなかったんですよ。高校のときにイエモン(=THE YELLOW MONKEY)をすごい好きになって、ギターやりたいなと思ったんです。
それでさっそく、(週間少年)ジャンプのうしろのページに載ってたギター入門セットを買いました。「明日からすぐ弾ける!」みたいなコピーのやつ。ギターとアンプとシールドがついてて、2〜3万円くらいだったかな。
ーへー!あれを買った人にはじめて会いましたよ!
シンムラ:え?みんなあれで始めるんじゃないんですか?
ーいや、違うと思いますよ(笑)。
シンムラ:そうですかねー・・・。そのギターは誰かにあげちゃったんですけど、持っておけばよかったですね。エメラルド・グリーンのトラ柄で、Naisonってメーカー名がGibson(※世界的に有名な老舗ギター・メーカー)と同じ書体で書いてありました。まあ、いま使ってるのが9万円くらいのビザール・ギター(※独特の個性を持つB級ギターの総称)なんで、そんなに変わんないですけどね(笑)。
バンドもはじめたんですけど、大学出るまではコピーしかやってなかったんですよ。音楽サークルにも入らずに、週一くらい仲間で集まってイエモンのコピーをやってました。イエモンは曲もいっぱいあるし、飽きませんでしたね。とにかくコピーが楽しかったんです。
ー大学4年間ずっとコピーだけって、めずらしいですね。普通みんなオリジナルをやるじゃないですか。
そうすると、いわゆるバンド・マンとしてのスタートは、もっと後なんですね。
シンムラ:そうですね。大学出てから養護学校で2年くらい働いてたんですけど、コピー・バンドも続けてたんです。就職したくらいからやっと少しづつオリジナル曲を作りはじめて、「あすなろう」としてライブもやるようになって。
ーそれまでも、コピー・バンドのライブはやってたんですよね?
シンムラ:いや、やってなかったんですよ。
ーえ!じゃあ人前では演奏してなかったってことですか!?
シンムラ:はい。みんなでスタジオに集まってコピーして楽しい、っていう。ずっとそればっかりで、ライブなんて恐れ多い、って思ってました。オリジナルやるようになったのも、特にきっかけとかなかったんです。なんとなく、そろそろやってみようか、って。曲は僕が書いてたんですけど、最初の頃は殺伐とした暗い曲ばっかりでしたね。
あすなろう〜ソロ活動
シンムラ:金沢で2年くらい活動してたんですが、やっぱり東京で勝負してみたいな、と思うようになったんですね。そしたらメンバーのうち2人は金沢に残るって言って辞めちゃって、僕ともう1人で出てきました。二人で同じ部屋に住んで、こっちでメンバー募集してライブハウスに出るようになりました。
ー音楽性からして、JAMとかレッドクロスあたりに出てたんですか?
シンムラ:そうですね。あとUFO CLUBでもよくやりました。でも、なかなかメンバーが定着しなかったんですよ。一緒に出てきた奴もけっきょく辞めちゃって。いま考えると、厳しくやりすぎたんでしょうね。合宿も行ってましたから。銚子に民宿みたいな施設があって、24時間音が出せてバンドの設備もあるんですよ。そこに行って一睡もせずに2日間ずっと演奏するっていう。
シンムラ:けっきょく、東京出てきてから9年くらいやってアルバムも3枚出したんですけど、いろいろ行き詰まっちゃって。もうバンド辞めようかなって思って、試しにひとりで演奏して録音してみたんです。それが2015年に出した『やわらかマシーン』っていう7インチです。
ーおお、ソフト・マシーン(※1960年代より活動する、イギリスのプログレッシブ・ロック・バンド。)!変な音楽に寄ってきましたね(笑)。そういえばケヴィン・エアーズ(※初期ソフト・マシーンに在籍したシンガー・ソング・ライター。)の話でも盛り上がりましたよね。
シンムラ:ケヴィン・エアーズは大好きですね!
シンムラ:その7インチがわりと好評だったんで、そのままソロでやってみようと思って、最初のアルバム『PLAYBOY』を作りました。これは録音もぜんぶ自分で、演奏もほぼ一人でやりました。
ー録音はその前からやってたんですか?
シンムラ:いや、やってなかったです。ソロをきっかけに始めました。
ーカセットMTR(=マルチ・トラック・レコーダー)で録音するのって、めずらしいですよね。
シンムラ:そうかもしれませんね。カセットMTRで録ると、なんか生々しい音になるんですよ。Beckも”Loser”とかで使ってるし、独特のローファイ感が好きなんです。
『PLAYBOY』は、もともとデモ・テープのつもりで作ったんですけど、できてみたら意外と良かったんでそのまま出すことにしました。
宅録なんで、バス・ドラムの代わりに辞典を手で叩いてみたり、いろいろ実験もできて面白かったですね。リズム・ボックスを使い始めたのもこのときからだし、ようやくやりたいことが見えた感じがしましたね。
ーライブはどうしてたんですか?
シンムラ:『PLAYBOY』の音をライブで再現しようと思って、それまでに知り合ったミュージシャンに声をかけました。それがそのままジョンとヨーコのロック・バンドとして続いてます。あすなろう時代とは、バンドとしての音も変わりましたね。
ーたしかに、あすなろうに通じるルーツ・ロックの感じはあるけど、もっと雑多ですもんね。なんでもありというか、変態感が前面に出てる(笑)。ここまで雑多な音楽性は、バンドでみんなで作るのだと難しいかも。ソロならではのサウンドかもしれませんね。
Beckが好き
ーちなみに、イエモン以降はどんな音楽を聴いてたんですか?
シンムラ:実は、大学を出るまでそんなにたくさんは聴いてなかったんですよ。教員時代にレディオ・ヘッドとかの洋楽を聴くようになって。音楽にハマったのは、Beck の”Odeley”がきっかけだと思います。(Beckが)サンプリングしてる元ネタや影響受けたミュージシャンをチェックして、録音の仕方や曲づくりの仕方まで、すごく影響を受けました。
そこから60〜70年代の洋楽を聴くようになりました。Them(※1960年代に活動した、イギリスのロック・バンド。ヴァン・モリソンが在籍した。)が好きでしたね。Beckも”Devils Haircut”でサンプリングしてるし。
あとキンクス(※The Kinks。1960年代より活動するイギリスのロック・バンド。雑多な音楽性が特徴。)も大好きです。『サムシング・エルス』『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』とか、もちろん『マスウェル・ヒルビリーズ』も。
シンムラ:ビートルズを聴きだしたのもそのころです。でも最初はそこまでいいと思わなかったんですよね。どっちかっていうと(ローリング・)ストーンズの方がかっこいいと思ってました。いまは逆ですけど。
ー日本のバンドでは、どんなのを聴いてました?
シンムラ:The Zoobombsとくるり。あとSUPERCARやNUMBER GIRLが当時は盛り上がってて、よく聴きました。
シンムラ:実は、昔のバンドはあんまり知らないんです。いろんな人から大瀧(詠一)さんぽい、って言われるんですけど、いまだに聴いてないんですよね。
ーへー!それこそ、はっぴいえんどとか好きなのかと思ってたので意外です。
オールディーズが好き
ーヴェルヴェッツ(※ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。1960年代に活動したアメリカのロック・バンド。ルー・リードが在籍した。)のカバーもやってますけど、アメリカのバンドはどうですか?
シンムラ:あんまり聴いてなくって。ヴェルヴェッツを聴くようになったのも最近なんです。
ーそれも面白いですね。アメリカの、いわゆる70年代ロックは聴いてないんですか?それこそジミヘン(※ジミ・ヘンドリックス)とかジャニス(・ジョプリン)とか。
シンムラ:それが、いまだにどう聴いていいのか、わかんないんですよね。ザ・バンドやボブ・ディランとかも、いまいちピンとこなくって。ラヴィン・スプーンフルは好きですけど、自分から聴きたいと思うほどじゃないんです。好きで聴くのは、ビーチ・ボーイズくらいですかね。
ーまた意外ですね。シンムラくんの好きな、たとえばNRBQやジョナサン(・リッチマン)って、アメリカン・ミュージックを煮詰めたような音楽じゃないですか。
シンムラ:自分でも不思議なんですよ。ジミヘンやジャニスを聴いても、そんなにハマらなくって。なんでなんでしょうね?
ーうーん、50’sやオールディーズが好きかどうか、じゃないですかね。ストーンズやジミヘンに憧れてロック・バンドやってるタイプの人は、オールディーズはあんまり聴かないと思うんですよ。オールディーズはまた独特で、スキニー・ジーンズや長髪の世界観とはちょっと違う。
シンムラ:なるほど!なんとなく分かった気がします。僕はバディ・ホリーも大好きですし。
ーああ、バディ・ホリーはわかりやすいかも。僕も大好きです。
NRBQやジョナサンも、オールディーズをすごく好きな人たちだと思うんですよ。50年代くらいってまだミュージシャンと作曲家が分かれてたじゃないですか。他人が書いた曲を演奏するわけで、だからエゴが希薄なんですよね。「俺を聴け!」っていう自己表現じゃない。「俺」より「音楽」の比重の方が高いっていう感じ。ジミヘンは「俺」が強いですからね、よくも悪くも。
シンムラ:ああ、そうかもしれませんね。NRBQがやってることとか、オールディーズの感覚に通じる気がします。
変な人が好き
シンムラ:アメリカのミュージシャンだと、あとはアウトサイダー的な人が好きですね。(フランク・)ザッパがプロデュースしたワイルドマン・フィッシャーとか。ダニエル・ジョンストン、ジャド・フェア、シャグスとか。あとタイニー・ティム!
ータイニー・ティムは最高ですね!でもこういうの好きな人って、ミュージシャンよりリスナー側に多いんですよね。だって、音楽的に得るものもないし(笑)。
ーブラック・ミュージックはどうですか?シンムラくんにもカントリー・ブルース的なアプローチの曲がありますけど、好きなブルース・マンとかいます?
シンムラ:ミシシッピ・ジョン・ハートですね。あとロニー・ジョンソン。
ー好きなブルースマンとして最初にミシシッピ・ジョン・ハートの名前を出す人もあんまりいないと思いますよ。やっぱ変わってる(笑)。
シンムラ:そうですかね?あとハウンド・ドッグ・テイラーが好きですね。
ーああ、ハウンド・ドッグ・テイラーは問答無用にかっこいいですね!
ー話を聞いてると、シンムラくんの場合、特定のジャンルを掘り下げるっていうよりもかなりランダムに聴いてるみたいですけど、情報はどうやって得てるんですか?
シンムラ:All Musicっていうサイトですね。たとえば「Beck」って打ち込むと、Beckが影響を受けたミュージシャンやフォロワーの情報とかが出てくるんですよ。英語のサイトだし、文章は読まないで人名とアルバム名だけ拾うんですけど。あれでかなり勉強しましたね。
ーそうやって一人で黙々と音楽を探すのって、すごい共感できます。僕の場合は、ミュージック・マガジンとレコード・コレクターズのバック・ナンバーでしたが。ネットだとキイワードからキイワードにどんどんジャンプしていって、横の繋がりの説明がないから、情報がより雑多になるのかもしれませんね。
『Fake Flight』
ー『Fake Flight』は傑作だと思います。「フェイクな空の旅」っていうタイトルからしていい。変さとポップさのバランスが絶妙です。あれも一人で作ったんですか?
シンムラ:ありがとうございます。『Fake Flight』は評判いいんですよ。これも前作と同じで、一人でカセットMTRで録りました。
ー僕は「でっちあげヘブン」がすごく好きなんです。イントロのリズム・ボックスの音色からして最高だし、ギター・ソロの入るタイミングや、後半のブレイクのタイム感とか、本当に素晴らしい。あらためて聴くと、ギターの感じもちょっとオリー・ハルソール(※ケヴィン・エアーズのバンドのギタリスト)っぽいですね。あと、ワン・カットで撮ってるようなMVもいい。
シンムラ:あれは、鍵盤担当のラビ・ニカルロッチャが、アイディアから撮影・編集までぜんぶやってくれたんです。途中で切らずに、ワン・カットで撮ってるんですよ。カメラがぐるぐる回ってるあいだに、後ろの死角で人が入れ替わったりして。
ーへー!彼は、プレイもいいですよね。それこそジョナサンのバンドとかにいそうな感じで。なかなかああいうシンプルなプレイのできる人はいませんよ。本業は画家で、しかもかなり正統派っていう。やっぱり、ミュージシャン肌じゃない人のほうが面白いんですよね。上手いミュージシャンはいくらでもいるけど、面白い人、センスある人は、なかなかいない。
シンムラ:そうですねー。
フェイクが好き
ーオブ・トロピークの「トロピカル」「エキゾチカ」って、ラテンの人たちの使うニュアンスとは違うんですよ。それよりも、シンムラくんがやってるようなことに近い。去年『La Palma』を出したときに「架空の南の島」っていうキイ・ワードを設定したんですが、大事なのは「架空の」っていう部分なんです。フェイクな感じ、ニセモノっぽい感じが、僕の考えるエキゾチックなんですね。べつに南じゃなくって「架空の北の島」でもいいんです。でも、そういうフェイクな感覚を共有できる人って、意外といないんですよね。
シンムラ:そうですね、いないですねー。フェイクの面白さって、なかなか伝わらないんですよね。僕もブルースの人とやると、なんか違ったりします。
ーああ、なるほど。僕もブルースは好きですけど、ブルースやってます!っていう人とは距離を感じてしまいます。音楽を、フレーズとか形式でしか聴いてないんじゃないかって思っちゃうことが多いんですよね。形式でしか聴かないから、そこに当てはまらない他のジャンルの音楽は聴けない。でも、本当に大事なこと、って、形式じゃないと思うんです。どんな音楽でも、形式のうしろの奥のほうに表現の核になるものがあって、それに心が動かされるんですよ。だから、形式で聴かない俺のほうが本当はわかってるんじゃないか、って思うこと、ありますもん。
シンムラ:わかります!
ーまあ、だいぶ偏った意見ですけどね(笑)。でもこういう考え方に共感してくれる人も、世界中探せばそこそこいるんじゃないかって思うんですよ。っていうか、いてくれたら、世界はもっと平和になるのになー、なんて(笑)。だって、ジョナサン・リッチマンを好きな人に、悪い奴はいないですからね!
その通りですね!
シンムラテツヤ
ラジカセ・リズムボックスを相棒にロックンロールを鳴らす。レコーディングは全楽器の演奏からミックスまで一人で行う。鳴らす音はアヴァンギャルド音楽からみんなのうたまで。不思議な音と不思議な歌詞をかけ合わせると現実的な理想のポップミュージックになることを証明し続ける。予定。